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あれほど猛威を振るって日本の野山の生態系をメチャメチャにしたセイタカアワダチソウの外来勢力に、ススキを筆頭とする日本勢の挽回がはじまっている…

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【飯山一郎のコメント】
  ねずさんの『ススキとセイタカアワダチソウのお話』
  長文ですが読みやすい。文章作法のお手本としても素晴らしい。
  それより…、
  心優しく奥の深い豊かな日本文化を育んできた母なる大地=日本列島の神秘的な風土を守ってきた「自然の神様」に深甚なる感謝の祈りを捧げたくなる…。
  なにしろ、あれほど猛威を振るって日本の野山の生態系をメチャメチャにしたセイタカアワダチソウの外来勢力に、ススキを筆頭とする日本勢の挽回がはじまっているのですから…。
  そのような感動の文章である。

   セイタカアワダチソウ↓  ねずさんの著書.

セイタカアワダチソウ

だいぶ秋も深まってきました。
この時期になると、毎年恒例で欠かさず書かせていただいているのが、この「ススキとセイタカアワダチソウのお話」です。

「ススキ」は日本古来の古生種、「セイタカアワダチソウ」は戦後の北米からの外来種です。

10年くらい前までは、まさにこの「セイタカアワダチソウ」が日本全国で猛威をふるいました。


なにせ「セイタカアワダチソウ」は繁殖力が強い。
密生して群生し、地中に毒素をまき散らして、他の植物や、モグラやミミズのような生物さえも寄せ付けない。
まさに、我が物顔で日本中を席巻したのです。

河川敷や、空き地、道路脇など、一時期はどこもかしこも「セイタカアワダチソウ」だらけ。
秋を彩る秋桜(コスモス)や、撫子(ナデシコ)から「ススキ」などの群生地を奪っていったのです。

「セイタカアワダチソウ」は、穂先に毒々しい山吹色の花を付けます。
高さは1~2.5メートルほどで、よく肥えた土地だと4メートル近い背丈になることもあります。
そしてあたり一面に群生します。

この「セイタカアワダチソウ」が日本にはいってきたのは、実は戦後のことで、原産地は北米です。
戦後、米軍が持ちこんだ輸入物資にまぎれ込んで日本にやってきました。
「セイタカアワダチソウ」にしてみれば、痩せて乾いた北米大陸の大地で、自分たちが繁殖するためには、他の植物を駆逐し、自分たちだけでも生き残ろうと進化したのは、それはそれでやむを得なかったといえます。

その「セイタカアワダチソウ」が日本にやってきました。
日本は高温多湿です。土壌も肥えています。
「セイタカアワダチソウ」にしてみれば、まさに我が世の春を迎えたようなもので、よく成育し、まさに猛威をふるって日本の古来からある植物たちを駆逐していったわけです。

いまから50年ほど前、この「セイタカアワダチソウ」の強烈な繁殖力に脅威を感じた一部の植物学者さんたちが、この「セイタカアワダチソウ」によって、日本古来の植物体系がまるごと崩れてしまうことを危惧し、さかんに警鐘を発しました。
国にも訴えました。
ところが、政府はまるで動かない。

困ったその植物学者さんたちは、苦肉の策として、未来の子供たちにその意を託そうと、なんと当時少年たちに絶大な人気のあった少年マガジンや少年サンデーの巻頭のカラーページで、「セイタカアワダチソウ」の脅威を紹介し、子供たちに未来を託そうとしました。昭和40年代なかばのことです。

けれど、少年たちに何ができるわけでもありません。
国のお偉いさんになる「できの良い子」は、そもそもマンガ本なんて読まなかったのかもしれません。
日本は良くない国だ。日本なんてオクレタ国だ。日本なんかなくなったほうがいい、などと教わって育った少年少女たちは、大人になっても、なにもその対策をとろうとしませんでした。
結果として国も地方公共団体もまったく動かず、「セイタカアワダチソウ」は、まさに日本列島全域を占領していったのです。

ちょうどバブルの頃、日本列島の秋の景色は、昔の景色から一変したものとなりました。
野山や河川敷には「セイタカアワダチソウ」があふれ、秋を彩ったススキやコスモスやナデシコたちは、ほんの片隅に追いやられ、細々と行きながらえている。そんな状況になりました。

「セイタカアワダチソウ」は、密生して大繁殖します。
それだけでなく、地下50センチくらいまで深々と丈夫な根を張ります。
そして、そこから毒素を吐きます。
毒素は他の植物を枯らし、冒頭に書きましたように、土の中にいるモグラやミミズなど、土地を豊かにしてくれる動物や昆虫たちまでも殺してしまいます。
おかげでセイタカアワダチソウが繁殖したところでは、日本古来の草花だけでなく、モグラやミミズまでいなくなってしまいました。

そしてセイタカアワダチソウは、先端の密集した黄色い花から、大量の種子を四方八方に飛ばしました。
季節がかわって、ようやくセイタカアワダチソウの地上部分が枯れたと思っても、奴らは、地下の根茎から新らしい芽を湯水のように出しながら越冬しました。
そして翌年になると、その地下茎の芽から続々と発芽し、空き地を我が物顔に占拠しました。
そこから飛んで行った種子で、さらに近隣に領土を広げました。

「セイタカアワダチソウ」には、郷に入って郷に従おうとか、他の草花との共生を図ろうなどという意思が、カケラもありません。
自分たちだけが生き残れれば、それで良いのです。
そのために、他の植物がどうなろうと、知ったことではない。
それは、かつて北米に800万人いたインデアンを駆逐してしまった白人文明にも似ていますし、あるいは戦後日本を席巻した反日プロパガンタにも似ているかもしれません。

「秋の七草」といいえば、昔は、萩(はぎ)、桔梗(ききょう)、葛(くず)、撫子(なでしこ)、尾花(おばな=ススキ)、女郎花(おみなえし)、藤袴(ふじばかま)などを言ったものです。
どれも中間色系のやさしい風情のある花であり、他の植物と仲良く共生してくれていました。
けれど、いつのまにか日本全国の空き地という空き地は、「セイタカアワダチソウ」一色となり、あの毒々しい原色系の黄色い花が席巻してしまいました。

近年までは、秋の七草は、ホームセンターにでも行かなければ、見かけることさえなくなろうとしていたのです。

なでしこ
なでしこ1018


国は何もしない。
地方の行政も動かない。
野山は「セイタカアワダチソウ」一色に染まって行く。

ところが、実は、私たちの知らないところで、この外来種の「セイタカアワダチソウ」に、戦いを挑んでいた日本古来の植物がありました。
それが「ススキ」です。

ススキ
ススキ1018


ススキは日本の古来種です。
日本人は、このススキの穂を家畜用の飼料にし、また、ススキの茎は、とっても丈夫なので屋根に用いたりと、まさに日本人とススキは仲良く暮らし、共生してきました。
昔の民家は、屋根が草で葺(ふ)かれたものですが、草葺き屋根に使われる植物は藁(わら)か、ススキでした。
ススキは、茅(かや、萱)とも呼ばれ、そのススキで葺かれた屋根が茅葺(かやぶき)屋根です。
弥生時代の遺跡、たとえば登呂遺跡などにある竪穴式住居で用いられていた屋根などは、まさにその茅葺き屋根でした。

登呂遺跡の茅葺き屋根の住居(復元)
登呂遺跡の茅葺き屋根の住居


茅葺(かやぶき)屋根は、ススキの茎を冬場に収穫し、春まで十分乾燥させ、屋根材として用います。
なぜ冬に収穫するかというと、茎に水分が多い状態で屋根に使うとすぐに腐ってしまうからです。
ですから冬になってススキが枯れてから収穫し、春まで乾かして用いました。

この屋根の葺き替え作業には、ものすごくたくさんのススキを使います。
しかも作業はとてもたいへんです。
ですから屋根葺き作業は、村の大人達が共同で作業しました。

この茅葺き屋根というのは、実におもしろいと思うのですが、家の中でカマドや囲炉裏(いろり)を焚くと、その煙で燻(いぶ)されことで耐久性が高まり、しかも虫がつきにくくなります。
まさに生活の知恵です。
そんなことが、いまから少なくとも5000年くらい前から、日本では一般的に行われ、それがつい最近まで続いていたわけです。

ススキは、漢字で書くと「芒(すすき)」、「薄(すすき)」です。
「茅(かや)」とか、「尾花(おばな)」ともいいます。
名前が多いということは、それだけススキが日本人の生活に密着していたことをあらわします。

しかも、もともとススキはイネ科の植物です。
日本は天壌無窮の神勅による稲穂の国と呼ばれ、日本のもとの国名も「豊葦原の瑞穂の国」です。
この瑞穂(みずほ)というのが、稲のことです。
いまでも東京の雑司ヶ谷の鬼子母神では、ススキの穂で編んだミミズク細工が民芸品として売られていたりします。

さて、そのススキは、株が大きくなるのに、けっこう時間がかかります。
ある意味、育ちが遅いのです。
けれど、その分、しっかりとした根(株)を作ります。
そしてススキは、実は、日本の植物生育の中で、最後に繁殖するという性質を持っています。

たとえば、空き地があるとします。
最初の年は、ただの空き地です。
翌年になると、そこに背の低い草花が繁殖を始めます。
そして何年が経つと、空き地が草でぼうぼうになります。

そうして、その空き地が背丈の高い草で、草ぼうぼう状態になった頃、ようやくススキが繁殖を始めます。
そして数年経つと、その空き地は、ススキでいっぱいになる。

ススキは根が深くて群生するので、何年か経つと、地面が湿気を多く持つようになります。
地味が肥えるのです。
そして、地中深くまで地味を肥やし、土地がそうなることによって、そこに今度は樹木が育ちはじめます。
つまり、ススキは、木の成育の前に書かせない植物でもあるわけです。

ススキが群生を始めて何年が経つと、アカマツなどの樹木が生えます。
ススキは、植物生育の最終段階で群生し、地味を肥やして、次の世代の樹木を育ててくれるという性質を持っているのです。

こうして、原野は草原となり、やがて森になって行きます。
森ができると、そこには動物達も住めるようになります。

そんなススキを収穫するために、全国どこの村でも、村の脇に、ススキを繁殖させるススキ畑を持っていました。
これが「茅場(かやば=萱場)」です。

東京証券取引所は、東京都中央区茅場町にあります。
なぜもとの茅場だったところに、日本経済の中心となる東京証券取引所があるのかというと、そこが昔はススキ畑=茅場(かやば)だったことに由来します。
ススキは、荒れ地を開墾し、そこに樹木を育てます。
育った樹木は、何百年もかけて大木に育ちます。

明治のはじめ超がつく貧乏国だった日本は、100年後には世界経済の牽引役となる日本に育つようにと願いをこめて、東京の茅場に、証券取引所をつくりました。
そしてほんとうに東京証券取引所は、世界に冠たる証券取引所に成長してくれました。

そのススキが、戦後、絶滅の危機に晒されたのです。
原因は、「セイタカワダチソウ」です。
ススキの群生地は、いつのまにか「セイタカワダチソウ」にとって変わられ、ススキは、ほんのわずか、「セイタカワダチソウ」が繁殖している片隅に、ようやくちょっとだけ生き残っている、というところまで追いつめられていました。

ところが近年になって、不思議なことがおこりはじめました。

なるほど「セイタカワダチソウ」は、我が物顔に繁殖したのです。
ところが彼らが根から出す毒素が地中に溜まり、こんどは彼ら自身を滅ぼしはじめたのです。

地中深くにあったススキの根は、セイタカワダチソウの出す毒素を体内に取り込みました。
そして毒素を体内で中和し、セイタカワダチソウたちが自滅をはじめたとき、再び地上に芽を出し始めたのです。

そしてススキは生長し、セイタカワダチソウが荒した土地にふたたび栄養を与え、毒素までも中和し、他の日本古来の植物も生育できるように、土地を改良しはじめたのです。

ススキの群生によって、野原にモグラやミミズも、戻って来ました。
スズムシなどの秋の昆虫も帰って来ました。
そして、秋の風物詩の、おみなえしや、なでしこ、コスモスなども帰って来てくれたのです。

コスモス1025


自己中で排他的な「セイタカワダチソウ」に覆われていた野山が、ふたたびススキやなでしこなどが共生する、もとの野山に戻りつつあります。
ここまで来るのに、まる68年もかかりました。
けれど確実に、ススキは、日本の野山を取り戻しつつあります。

いま、かつてセイタカワダチソウが大群生していた河川敷や空き地、野山などに、たくさんのススキやコスモスが群生しています。
もとからある日本の草花が、友を呼び、様々な美しい花を野原に咲かせてくれているのです。

いまもまだ、セイタカワダチソウはいます。
けれど、いつのまにかセイタカワダチソウは、ススキやコスモスと共生する日本型の植物に変化しつつあります。
不思議なことです。

========
日本には本来、建国の昔から貴き伝統があり、有難き国風がある。
ロシアの真似も、英国の真似も、アメリカの真似も、すべてそれらは、この国風を長養(ちょうよう)する意味において摂取する場合においてのみ意義を発揮し得るのであって、単に模倣のための模倣は決して日本のためにならぬのである。

その昔、儒教仏教もこれが国風化したときに、はじめてそれは日本国家のものとなり得た事実に鑑み、欧米舶来の新思想もまた、これを国風化して日本開展の一資料たらしむる覚悟がなければならぬのである。
========

この文は、以前ご紹介した戦前の特高序文にある文章です。
ここに書かれている通り、日本は古来、外国から様々な文化を取り入れ、それを国風化することで、日本という国のカタチを築いてきました。

けれどそれは、日本人だけではなく、もしかするとススキとセイタカアワダチソウのように、日本の植物も、同じように外来生物を取り込み、最後には共生化させてしまってきていたのかもしれません。
そう考えると、なんだか日本て、とてつもなくすごい!って思えます。

いまこれをお読みのあなたが、もし、セイタカアワダチソウの群生する中に、ほんの少々のススキを見かけたら、遠くからでも、ぜひ心の中で、「がんばれよ、ありがとう」と声をかけてあげてください。

ススキは、私たち日本人の仲間なのですから。

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SAWAさん、貴重な意見ですが…

SAWAさんが言われるとおりで、ニホンミツバチ(鹿児島では「地蜂」という)は、蜜源が少なくなる秋にはセイタカアワダチソウに群がります。

今年は、私の友人(志布志の丸山市議)も、地蜂の巣箱の近所の空き地のセイタカアワダチソウを刈リ取らないように地主に頼んだほどです。

しかし、私の推測ですが…、
セイタカアワダチソウが根から出す毒素は葉肉部分で生成されますが、花弁にもあるような気がしております。

それと、蜜源が少なくなる秋に、日本蜜蜂は冬ごもりの準備をしますが、セイタカアワダチソウの花が咲いている為に、冬ごもりの準備が遅れる…。これは良くない。
やはりセイタカアワダチソウは、日本蜜蜂の季節感(体内時計)を狂わせているのではないか?と危惧しています。

以上は、あくまで私の憶測ですので、鹿の角を蜂が刺した程度の話としてお聞き流し下さい。(飯山一郎)

風媒花と虫媒花

ススキは風媒花です。セイタカアワダチソウは虫媒花です。この虫ので最大の益をを蒙っていたのはニホンミツバチなのです。秋にかけ蜜源が少なくなる時に咲くのでありがたい植物でもあったのです。植物のその地での盛衰は嫌地現象や土壌の酸性化等の作用や、虫媒花の場合における花粉を荒廃する虫の発生など複数の要因があるのではないでしょうか。

私は九州に住んでいますが、鹿児島、宮崎、熊本では最近ニホンミツバチが著しく減少しております。原因は農薬のネオニコチノイド説、携帯電話の電磁破説等がいわれておりますがまだ正確には分かっていません。(フランスではネオネコチロイドを期限付きで使用中止をしております)

ニホンミツバチの減少とセイタカアワダチソウの生息区域の減少とを結びつけることもまた憶測に過ぎませんが相関の可能性については一概に否定はできないのではないでしょうか。
自然環境に興味をお持ちの方とお見受けしましたので、坊主に説法かとも思いますが一言述べさせていただきました。馬耳東風とお聞き流し下さい。

アメリカナマズ

勇気づけられました。
ところで、残念ながら地上のみならず水中でも同様の深刻な事態が続いています。日本の豊かな河川は外来魚に乗っ取られてしまっています。深刻さが理解されておらず、国も地方の行政も動かず、とても悲惨な事態です。河川湖沼は「セイタカアワダチソウ」ならぬ「外来魚」一色に染まってしまっています。

No title

セイタカアワダチソウ、背の低いかわいらしいやつが増えてきました。
これが日本化というやつかもしれません。

素晴しい。

久しぶりにネットに上がった、勇気溢れる文章だ。
久しぶりに心が温かくなった。
久しぶりに文章を読んでうれしくなった。
久しぶりに希望を感じた。
感謝。
文殊菩薩カウンター
おひかえなすって 手前 生国は野州 栃木でござんす

薩摩の黒豹=飯山一郎

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