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孔子伝(4):十五にして学に志す

曲阜の三孔
曲阜の城壁

春秋時代の魯国は礼制度の基礎を据えた周公旦を祖とする国であったので、礼や楽などの周王朝の文化と伝統が色濃く息づいていた。曲阜は首都の洛邑に次ぐ礼楽文化の中心とみなされ、文化や典籍が豊かなことで有名な街だったのである。

孔子は十五歳に達する前は平民の学校に通い一般的な文化や軍事知識を学んだだけでなく、伝統的な礼儀についても教育を受けたであろう。古代の学校は「校(こう)・序(じょ)・庠(しょう)」などと呼ばれ、春秋時代には「郷校」と呼ばれていた。

しかし平民の通う普通の学校は孔子の知的好奇心を十分に満足させるものではなかった。ただし孔子は貴族の入る高級な学校に行く資格がなかったので、どうにかして独学で学問をする志を立てたものと思われる。

孔子の独学の方法とは次のようなものであった。三人が集まれば必ずその中に優れた特技を持つ人がいるので、劣った人はその人から学ぶことで進歩でき、三人でお互いの特技を学びあえばよい。

こうして孔子にとってはどこでもが学問の場であり、孔子の所在地が文化と情報の中心と変化するのであった。ちょうどソクラテスの周囲に新しい学問を求める若い人たちが自然と集まってきたように。

しかし孔子の学問によって身を立てるという志は大変に困難な状況での決意であった。ちょうど十五歳を過ぎたころに孔子の母親の顔徴在が世を去ったからである。

孔子の「十五で学に志す」という言葉の背後には、彼が一番頼りにしていた母親を失った悲しみの中で学問を続けた当時の苦労に思いを致すべきであろう。

野崎晃市(42)

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