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孔子伝(18):少正卯を誅殺する


曲府杏
孔子が講学したという曲阜の杏壇

『荀子』によれば孔子が魯で権力を握った際に、かつて私塾を経営していた時にライバルであった少正卯を誅殺した。しかも魯で司寇として権力を握って早くも七日目に、少正卯を誅殺し死体を3日野ざらしにするという刑を執行している。

孔子と少正卯との間にはかつて個人的な衝突もあった。孔子が塾を開くと講堂がいっぱいになるほどの生徒が集まったが、少正卯が孔子の悪い噂を広めて生徒を奪ったことが三度あった。ただ孔子の一番弟子の顔回だけが、少正卯の悪辣さを見抜いて孔子から去ることがなかったという。

もちろん、孔子は塾の経営を邪魔されたという私憤から少正卯に報復したわけではない。なぜなら、この人物の「少正」というのは姓ではなく周時代の官職名で大夫の地位にあったことを意味している。それなりの地位にある人物を死刑にするには、それなりの理由と証拠が必要だ。

それで門徒の子貢は「少正卯は魯の有名人です。先生が権力を握ってすぐにこれを殺したのは、やり過ぎではありませんか」と質問した。そこで孔子は次のように答えている。

「極悪人が五種類いるが、それは盗人などとは比べものにならない。一は心が反逆的で陰険な者。二は行いが偏っていて固執する者。三は言論が偽りであるのに雄弁な者。四は他人の悪いことばかり記憶してその範囲が広い者。五は悪事に従って勢力をなす者。これら五つのうち一つでも君子の誅殺を免れることはできないが、少正卯は五つを兼ね備えていた」

「住居では仲間を集めて徒党をくみ、その論説はよこしまな目的を飾って衆人を惑わし、その強引さは正しいことに背いていても独立して進めるほどである。このような人間こそ姦雄と呼ぶにふさわしく、死刑にせざるを得なかったのだ。」

孔子の説明からすると、少正卯は国家の中枢に権力を持ちながら国家転覆やクーデターなどを影から操っていたのではないかと思われる。魯の君主定公が即位してからというもの、陽虎や公山弗擾によるクーデターや反乱が相次いで魯の国内が不安定だったのは少正卯が背後で操っていたのかもしれない。

この孔子が小生卯を誅殺したという説は朱熹などから、聖人が権力を握ったとたんに人を殺すというのは考えられないと疑問視されてきた。しかし中国の政治の世界では、どんな優秀な政治家であっても粛清がつきまとうのである。孔子も古代の粛清の例を次のように列挙している。

「殷の湯王は尹諧を誅殺したし、周の文王は潘正を誅殺し、周公は管叔と蔡叔を誅殺し、太公望は華士を誅殺し、管仲は付乙を誅殺し、子産は史何を誅殺した。これら七人は世は異なっていても、同じように誅殺された者である。これら七人は時代が異なっていても同じように悪人だったため赦されなかったのである」

孔子には天下国家のためと信ずればある場合には血を流すこともいとわないという面があることは、後に説明する夾谷の会でも孔子がためらいなく処刑を命じていることからも見て取れる。

野崎晃市(42)

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