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孔子伝(27):六十にして耳順う

孔子像
河南省淮陽にある巨大な孔子像

孔子の一行は紀元前492年ころに陳国に到着した。陳国は南方の小国で都は宛丘(現在の河南淮陽)にあり、蔡国と楚国に国境を接していた。陳国は楚の霊王の時代に楚に滅ぼされたが、楚の平王が即位後に再び国が復興した。当時の陳の君主の湣公(びんこう)は、陳が復興してから三代目の君主である。

孔子は陳に到着すると、陳の大夫であった司城貞子(しじょうていし)を通じて陳の湣公に会見を申し出た。陳の君主はこの中原から来た有名人と一群の門徒たちの訪問を喜び、貴賓として扱い最も良い宿舎を与えて彼らに住まわせた。

孔子は魯定公十三年に魯国を離れ、中原諸国の諸国を六年近くも転々としながら様々な苦難に直面した。ようやく陳国で落ち着いて三年ほど思索の日々を送ることができるようになったが、孔子はすでに六十歳となっていた。

様々な苦難を経験してようやく落ち着く先を見つけた孔子は、自己の多年にわたる探求と経験を振り返る余裕ができたのであろう。その自己の体験から来た心得の一つが、「中庸」の発見と理論化であった。

「中庸」の「中」とは孔子の思想において、矛盾する双方の立場が拮抗する場に出現する均衡状態である。「中庸」の「庸」とはすなわち凡庸という言葉に見られるよう、普遍的あるいは一般的という意味である。

つまり「中庸」とは対立する相互の共通する点、あるいは相互の対立により出来た均衡状態のことである。その「中庸」の位置を探ることで、相互の統一を保持し協調させるという考え方であった。

子張と子夏のどちらが賢いかと尋ねると、孔子は子張は積極的にやり過ぎるが、子夏は慎重すぎて不足しているといった。それで子貢は「ならば子張のほうが勝っていますか?」と尋ねると、孔子は「過ぎたるは猶及ばざるがごとし」と答えた。やり過ぎるのも不足でたりないのもどちらも偏っているので、その中間がちょうどいいということである。

孔子は「六十にして耳順う」と述べている。孔子は六十歳にもなると若い頃は過激に傾きがちであった思想が、年を取って丸くなり「中庸」に近づいたと感じていた。

野崎晃市(42)

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