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『文殊菩薩』  What?  Photo 末世の争乱近し.英雄出ず.ひたすら健康延命図るべし.

※ 一日一食は聖者の食事。一日二食は人間の食事。一日三食は動物の食事。 記 事    

孔子伝(31):天下の木鐸(ぼくたく)

儀封人孔子
儀の封人が孔子と会見した場所

孔子が楚の町である負函を離れたのは、およそ紀元前486年の夏から秋にかけてである。彼らが衛国に戻る際の道のりは、西に向かい陳(ちん)・儀(ぎ)・蒲(ほ)などを経て衛の都である帝丘に至った。

この年に陳国は楚国から攻撃され敗北したばかりで、ちょうど陳国の民が楚人の監督の下で城門を修復しているところであった。孔子に従っていた門徒たちの幾人かは陳国の出身で、おそらく彼らは故郷の戦禍による破壊を目にして家族を探していたのであろう。

孔子が諸侯の間を遊歴している間に重病にかかったことが知られているが、これはおそらくこのたびの陳国での滞在期間のことと思われる。またこれは孔子が陳国で半年以上滞在した合理的な説明ともなる。

この度の病気は過去の病気より重く、数日間も好転する兆しが見られず、門徒たちはみな大変に心配した。子路は孔子が健康を回復するようにと神に祈りを捧げようと計画した。当時の病状が悪化した時には、子路が門徒たちを組織して葬儀を準備しようとした事さえあった。

病床の孔子は子路が自己のために祈祷を捧げようとしている事を知ると、子路にそれがほんとうかどうかと尋ねた。子路はその計画があることを打ち明けた。孔子はこのことを阻止しようとしたが、自分はすでに祈祷したから再び祈祷する必要はないと子路に伝えた。

数日の後、孔子の病状はいくらか好転して良くなった。孔子は子路と門徒たちが家臣の礼を取って葬儀を準備しようとしたと聞くと、いくらか不機嫌になり子路を責めて言った。

「仲由(子路)はもう長い期間嘘をついている。私には家臣などいないのに家臣がいるかのような嘘をついている。私は誰を騙すのか、天を騙すというのか。それに、私は家臣などに葬儀をしてもらうより、あなたたちに葬儀をしてもらいたい。たとえ大きな葬儀ができないといっても、まさか路上で死ぬような事はないだろう。」

病気が癒えて体力が回復すると、孔子は再び祖国への帰途を進み始めた。彼らは宋国の西北の町である儀(ぎ)を通り、そこで当地の人々から歓迎を受けた。

儀の長官が孔子との会見の後に、次のように述べた。「あなた方はどうして先生が仕官先を失ったことを心配しているのですか。天下に道が行われなくなって久しいので、天はみなさんの先生を木鐸としたのでしょう。」

木鐸とは法令を宣告する際に打ち鳴らす鈴のようなもので、人々を覚醒させ注意を喚起するために用いられた。儀の長官の言葉は、孔子と門徒たちの困難な旅行に対する慰めであった。

野崎晃市(42)

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