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孔子伝(32):衛国に再び戻る

衛庄公
衛国の荘公蒯聵の遺跡

孔子が衛国の都の帝丘に入ると、一種の平和と安定を享受している雰囲気を感じ取った。懐かしい土地に再び足を踏み入れ、孔子は衛国の霊公のことを思い出した。衛国では霊公の亡き後に親子で君主の地位を巡って争いが生じたが、国内の情況は次第に落ち着きを取り戻していた。

孔子が衛国の政治について子路と討論した際に、孔子は「名を正す」必要について力説した。「君は君らしく、臣は臣らしく、父は父らしく、子は子らしく」それぞれの身分をわきまえるということであった。

これは親子での権力争いが続いていた衛国から言えば、たいへんに敏感な問題でもあった。衛国の出公(しゅっこう)と敵対していたのは、晋国に亡命していた親の蒯聵(かいがい)であったからである。

孔子は「名を正す」という理論で衛国の争いを調停しようとしたが、とうてい衛国の朝廷に用いられるはずもなかった。それゆえ、衛国の出公も執政の孔圉(こうぎょ)も孔子の訪問に歓迎を表明し賢者に対する礼をもって待遇したものの、結局のところ重用されることはなかった。

孔子は衛国で用いられそうにないとわかると、主に文化や学術研究に力を入れることにした。孔子は伝統文化の保護を使命とし、自己の晩年に詩・書・礼・楽その他の書物を執筆して、それらを後の世に残す事を決意した。

この時期の学術的著作と研究により、孔子が魯国に戻った時にはすぐに「六芸」の全面的な整理と完成を見ることができたのである。こうして、孔子と門徒は衛国の宮廷や民間における詩や礼儀の研究に従事した。

野崎晃市(42)

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