辻政信の失踪の謎

2017年03月31日22:13  政治・権力・陰謀 写真あり

辻政信
晩年の辻政信

辻政信は日本陸軍の参謀としてノモンハン事件やガダルカナル島の戦いを指揮し、多くの損害を出したにも関わらず「作戦の神様」と呼ばれるなど毀誉褒貶が激しく謎の多い軍人である。

辻政信はタイで終戦を迎えて僧侶の姿で潜伏し、蒋介石の特務機関などに匿われて戦犯容疑を免れた。帰国後に自らの逃避行を『潜行三千里』として発表してベストセラーとなり、衆議院議員となって中国やソ連などにも視察に出かけている。

辻政信は1961年にベトナムのホーチミンと会うと称して、単身ラオスに乗り込んで消息不明となり、その後の彼の行方については様々な説が飛び交った。辻政信の最後についてはラオスで処刑された説や、ベトコンの指導員になった説、中国雲南に監禁された説などがある。

私が中国で最近聞いた説によれば、辻政信はラオスから周恩来に会うために北京に入ったものの、北京で監禁されて雲南省昆明の曹渓寺に送られ、そこで僧侶に扮してゴールデン・トライアングルで採取されるアヘンの取引に関する工作に従事していたという。

雲南省昆明の曹渓寺は近くに温泉があり、戦後に尼僧に扮して方居士として隠れ住んでいた川島芳子も出入りして療養していたとの噂がある場所だ。

確かに辻政信は第一次上海事変に出兵した経験があり、関東軍に所属して満州国で生活したこともあるので、川島芳子と戦前から関係があっても不思議ではない。

しかし、戦後も中国の雲南で川島芳子と辻政信が周恩来の指示で工作に携わっていたとなると、小説のネタならばともかく、にわかには事実として信じがたい話だ。


野崎晃市(42)

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