国際関係論の鼻祖:鬼谷子
鬼谷子の四人の弟子たち
鬼谷子は中国の春秋戦国時代の思想家で、国際関係や外交・軍事・法律などに長じていた。
鬼谷子は単に国家間の同盟や戦争の方法について語るのみならず、弁論や遊説で君主の心理を動かす方法についても語っている。
強大な秦国にどう対応するかを巡って外交と国際関係を論じ、合従・連衡の策を諸国に説いた蘇秦と張義は共に鬼谷子の弟子であった。
また鬼谷子は老子などと共に道家の陰陽思想の源流と見られており、占いや算命学の祖ともされている。その方面では始皇帝から不老不死の薬を探すよう命じられた道士の徐福が鬼谷子の弟子として有名だ。
陰陽思想は中国流の一種の弁証法であり、ヘーゲルに2000年も先駆けて正・反の動きで歴史や国際情勢を語っていたわけで、鬼谷子の下の文にあるようなその洞察力には驚かされる。
「外交謀略の秘訣は駆け引きである。情勢変化を見極め、積極・消極の両策を巧みに使い分けねばならない。陽は行動することであり、陰は止まって自重することである。陽が極まれば陰となり陰が極まれば陽に返る」。
キッシンジャーも鬼谷子を愛読していたとされているが、現在の複雑な国際情勢を見極めるには変化と流転の中にある動きを先読みすることが必要だ。
さらに国際情勢を分析するに止まらず、自分の望む方向に指導者たちを導く術を説いた鬼谷子の思想はもっと評価されてもよいだろう。
野崎晃市(42)