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飯山一郎の白蛇様
『文殊菩薩』  What?  Photo 末世の争乱近し.英雄出ず.ひたすら健康延命図るべし.

※ 一日一食は聖者の食事。一日二食は人間の食事。一日三食は動物の食事。 記 事    

「宋襄の仁」と「敵に塩を送る」

上杉謙信
敵に塩を送った上杉謙信

現代では「宋襄の仁」と言えば、つまらない情けをかけることを意味し、毛沢東も「宋襄の仁のような愚かな豚のような情けは不用だ」と述べている。

この諺の由来は、宋国の襄公が楚国と戦った際に、楚軍が川を渡って隊列を組む前に攻撃すれば勝てたにもかかわらず、襄公は敵が困っている時に攻撃するのは礼儀に反するとして攻撃しなかった。そのため楚国は川を渡って隊列を組んで戦うことができ、大いに宋国の軍を打ち破り襄公も怪我を負ったという故事である。

襄公の行動には中国でも賛否両論があり、『春秋公洋伝』や『史記』では襄公は礼を重んじた君子として評価している。

ところが『春秋左氏伝』や『十八史略』では、襄公は敵につまらない情けをかけたとして批判している。

中国では「打落水狗(水に落ちた犬は打て)」とか「落井下石(井戸に落ちた人の上に石を投げる)」などの諺があり、困っている人間を更に苦しめることを良しとする考えもある。

ことに戦国時代や激しい権力闘争が続いた文化大革命では、殺すか殺されるかの極限状態になるため敵への情けは我身を滅ぼすことにつながったためであろう。

一方で、日本では上杉謙信が塩の不足で窮地に陥った武田信玄に塩を送ったことは美談として「敵に塩を送る」という諺になっている。

しかし、この場合は上杉謙信は塩を送ったことで宋の襄公のように不利益を被ったわけではなく、上杉謙信は塩を売って儲けるしたたかさを持っていた。

ようするに敵に情けをかけて良いのは、こちらが圧倒的に優勢で敵に反撃する力がない場合や、こちらにも何らかの利益が見込める場合であろう。

そういった条件下では上杉謙信のように敵に恩を売ることで、こちらの名声を高め、敵との緊張関係を緩和することができるかもしれない。

宋の襄公の場合は敵の楚国のほうが大国で、軍事面では情けをかける余裕などなかった。

しかも襄公は楚国に拉致されて嫌がらせをされた後だったので、大義名分の面でも楚国に情けをかける必要などなかったのである。

そう考えると、宋の襄公が楚軍の攻撃をためらった真の原因は、表面的に語られているように敵に情けをかけたり礼儀を重んじたためではなく、楚軍への攻撃を具申した兄の目夷への反発にあったのではなかろうか。


野崎晃市(42)

アメリカが北朝鮮と直接対話を検討中

武大偉
中国の武大偉代表と日本外務省の金杉憲治アジア太洋州局長

ワシントンポストが4月27日に報じたところによれば、米ティラーソン国務長官が北朝鮮との直接対話への用意があると発言した。

27日は国連で北朝鮮問題に関する閣僚会合が開かれ、ティラーソン国務長官がメディアからの協議に関する質問に答える中での発言だ。

中国の北朝鮮六者会議代表の武大偉も25日に日本を訪れ、外務省の金杉憲治アジア太洋州局長と会談している。また武大偉は韓国や米国の六者会議代表とも北朝鮮への対応を話し合った模様だ。

中国は北朝鮮への制裁を検討しており、すでに北朝鮮への石油輸出減少で平壌ではガソリンが高騰しているという。

一方で、北朝鮮は中国の経済制裁に反発を強め武大偉の平壌訪問を拒否しており、中国の北朝鮮への制裁がどこまで効力があるのか疑問視する声もある。


野崎晃市(42)

中国で日本のテレビ番組を無料で見る方法

ネットテレビ
中国の日本ドラマ専用チャンネル

中国を訪れた日本人客から、日本のテレビ番組が見たいと言われることがある。

もちろん有料で日本のテレビ放送を見れるサービスは数社から提供されているのだが、数日の滞在の場合は契約して料金を払うのは面倒だ。

その場合は、便宜的にネットのストリーミングで日本のテレビ番組がライブで流されている以下のようなサイトを見る方法がある。

ただし、以下のネットでのストリーミング放送は著作権法上の問題がある可能性があるのでご利用は自己責任でお願いしたい。

NHK
http://vaughnlive.tv/sherming9

テレ朝
http://vaughnlive.tv/sherming99

その他には、「楽視視頻」や「捜狐視頻」といったネットテレビ業者が日本ドラマ専門チャンネルを運営しており、数年前の日本のドラマに中国語字幕を付けて一日中ネット上で流している。

これらのチャンネルは音声は日本語のままだし、きちんと日本のテレビ会社から著作権を購入して放映しているようなので安心して見ることができる。

しかし、私としてはつまらない日本のテレビ番組より、中国語の勉強のためにも中国に来たら中国語のテレビ番組を見るのをお勧めする。

中国のテレビ番組は漢字の字幕が付いているので、字幕を追えば中国語が聞き取れなくても何となく意味が分かるものだ。慣れれば1カ月ほどで中華ドラマの中国語が何となく分かるようになる。


野崎晃市(42)

「一帯一路」サミットに日本も参加

シルクロード
新シルクロード経済圏構想「一帯一路」

習近平が掲げる「一帯一路」は現代版シルクロード経済圏を構築する試みで、中央アジアを通る陸上ルートと、東南アジアを経てヨーロッパまで到達する海上ルートがある。

この「一帯一路」構想に賛同する各国の首脳会議が中国で5月に開催されるが、日本からは二階俊博自民党幹事長が派遣されることが決まった。

自民党の二階幹事長は親中派として知られ、これまでも数度にわたり中国訪問団を率いて中国首脳と会見している。二階幹事長は安倍首相の親書を習近平に手渡す予定で、日中関係の改善を促進するという。

そもそも、日本は古代のシルクロードの東端で、正倉院にはシルクロードを経て伝えられた宝物が今も残されている。

アメリカのTPP不参加による環太平洋経済圏構想の手詰まり感の中で、日本は「一帯一路」で再びシルクロード経済圏へ回帰するのであろうか。

野崎晃市(42)

中国で60年間牧畜に従事した米国人の女性核物理学者

ジョアンヒントン
ジョアン・ヒントンとエルビン・アーンスト夫婦

米国人ジョアン・ヒントン(Joan Hinton)は若い頃にシカゴ大学核物理研究所の大学院生として原子爆弾の開発に携わり、ロスアラモスでエンリコ・フェルミの助手としてマンハッタン計画にも参加した。

シカゴ大学のフェルミの研究室では、後にノーベル物理学賞を受賞した中国人物理学者の楊振寧と共に実験をしたこともあったという。

ところが、彼女は広島の原子爆弾投下による非人道的な破壊に心を痛めて核物理学を放棄し、夫と共に中国に渡り60年間牧畜業に専念することを選んだ。

もちろん中国でも核開発の研究に加わるよう誘いはあったが、特別待遇や高給が約束された中国の核開発への参加を拒否した。

夫のエルビン・アーンスト(Erwin Engst)はコーネル大学で農業を専攻し、戦後間もない1946年に中国に来て共産党の本拠地であった延安で牧畜の指導を始めた。

彼らは中国人民共和国の副主席となった元孫文夫人の宋慶齢の紹介で、共産党政権を支援するために早期に中国に来た外国人専門家の一人であった。

ジョアン・ヒントンとエルビン・アーンストは1949年に中国で結婚し、夫婦で60年間にわたり主に牧畜の指導に当たった。

ちなみに、ジョアン・ヒントンの兄のウィリアム・ヒントン(William Hinton)はジャーナリストで、中国の革命運動を紹介した『翻身』『鉄牛』などの作品で知られる。


野崎晃市(42)

月面着陸を目指す中国

天舟一号
宇宙貨物船「天舟一号」

中国の宇宙貨物船「天舟一号」が、宇宙実験ステーション「天宮二号」とのドッキングに成功した。

さらに中国では今年中に月面探査機の「嫦娥五号」を打ち上げる予定で、月面からの土壌を持ち帰るサンプルリターンを実施する。

中国は月面への有人探査を十年以内に実現する可能性を模索しており、米国のアポロ計画以来の有人月面着陸を目指す。

中国は着々と宇宙開発に取り組んで技術とデータを蓄積しており、これまで米露により主導されてきた宇宙開発で急速に発展を遂げている。

習近平の掲げるチャイナ・ドリームには、月面に中国の国旗をたなびかせることも含まれそうだ。

飯山事務所も中国でのグルンバ乳酸菌農業でチャイナ・ドリームを実現するため、急速な発展を遂げる中国で着々と計画を実行する。


野崎晃市(42)

中国富豪ランキング1位は王健林

王健林
アジア第一の富豪である王健林

雑誌『フォーブス』が毎年発表する世界長者番付の中国人版によれば、2017年度の第1位は香港の李嘉誠をぬいて万達集団(ワンダ・グループ)の王健林となった。

王健林の万達グループは映画館のチェーン展開で成功したが、私が以前住んでいた吉林省長春市に第一号店が建設されている。

私も長春市に住んでいた時は、万達広場と呼ばれる映画館を中心とした大型商業娯楽施設によく足を運んだので、私にとってはなじみの深い企業なのだ。

現在では万達集団は全国で映画館を展開するだけでなく、映画の制作や撮影にも乗り出し山東省青島にハリウッドのような映画製作拠点を擁している。

王健林の万達集団は本部が大連にあり、失脚した薄熙来が大連市長だったころに大きく発展した。しかし、薄熙来が逮捕された後も王健林は連座することなく生き延びた。

その理由は王健林は若い頃に人民解放軍の軍人だった経験を持ち、今でも解放軍人脈が支持しているためだと噂されている。

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サムスンVSファーウェイのスマホ戦争

サムスン対ファーウェイ
韓国サムスンVS中国ファーウェイ

世界のスマホ市場で第二位のサムスンと第三位のファーウェイが中国で特許を巡り争っていた裁判の判決が出た。

中国の裁判ではサムソンの敗訴が決まり、特許侵害で8050万元(日本円で約12億7000万円)という巨額の賠償金とスマホ22機種の販売禁止が言い渡された。

サムソンはgalaxy note7の発火問題でシェアを落としていたが、この判決を受けて中国市場でのシェアをさらに落としそうだ。

中国ではスマホの高スペック化と販売競争が激化しており、これまで常にスペックや性能面でトップだったアップル機を中国製品が追い越し始めている。

一方で乱立する中国のスマホ・メーカーも競争激化で収益が伸び悩むようになり、「ZTE」が巨額の赤字を抱えたり、「魅族」が大量リストラを発表している。

ここ数年で世界市場でのシェアを急激に伸ばした中国スマホ業界だが、これから淘汰と業界再編の厳しい時代を迎えそうだ。


野崎晃市(42)

溥儀と康有為の死

王慶祥
溥儀研究家の王慶祥氏

昨日も紹介した溥儀研究家の王慶祥氏からは、さっそく北京の故宮博物館から出版された溥儀の伝記が送られてきた。

パラパラとめくると、ちょうど先日の記事で書いた康有為の死に関する記述もあり目が留まった(記 事)。

当時の溥儀は馮玉祥将軍によって北京の故宮から追い出され、日本大使館の庇護の下で天津の張園に暮らしていた。

一方で、康有為は立憲君主制を理想の政治体制として溥儀の復位と財産の保全を求め、溥儀の家庭教師であったジョンストン等と共に当時の呉佩孚政権に北京の故宮に戻れるように働きかけていた。

溥儀と康有為の間で連絡役となっていたのが徐良という康有為の弟子で、1927年2月の溥儀の誕生日には康有為・ジョンストン・徐良らがお祝いに駆け付けて溥儀と長時間にわたり話し合っている。

康有為が死んだのはその溥儀の誕生日から約一か月後の1927年3月31日で、宴会に出席した後で急に体調を崩し逝去した。

日本人医師が診察して食中毒と診断したが、いわゆる不審死で飲料に毒を盛られての暗殺と疑われたようだ。

康有為の死は暗殺だったのかどうかを含め様々な説があり、未解決の謎のままとなっている。


野崎晃市(42)

今日は中国の清明節

介子推の墓
山西省にある介子推の墓

今日は中国の清明節の祝日による三連休最終日で、天気も良く春の陽気で温かくなったため公園などに出かける家族連れが目立った。

清明節は伝統的には墓参りをする祝日なのだが、一部地域では火を使わずに料理を作る寒食節ともされている。この清明節の由来は中国古代の春秋時代にまでさかのぼる。

晋国の王子であった重耳(ちょうじ)が政変により晋国を出奔し、逃亡生活を送っていた時のことである。

重耳の一行は食べ物がなくなり、重耳はとうとう飢えて動けなくなってしまった。そこで重耳の家臣の一人であった介子推(かいしすい)は、自分の股の肉を割いて重耳に食べさせた。

重耳が後に晋国の文公として王位に即位すると、介子推の忠義に報いて高位の職に就けようとした。しかし、介子推は年老いた親の面倒を見たいと山に隠遁してしまった。

そこで、重耳は何とか介子推を山から出そうとして山の周囲に火を放った。ところが、介子推は年老いた親と共に焼死体で見つかり、それを見つけた重耳は涙を流して後悔した。

重耳は介子推を記念する日には火を使わないように命じ、そこから清明節には火を使用せずに料理を作り、故人を記念して墓参りをする習慣となった。

本日は私も年老いた両親と幼い娘を連れて公園を散歩し、暖かな日差しを浴びて家族と共に春の訪れを楽しんだ。

野崎晃市(42)

中国で急速に普及する出前サービス

美団外売
中国の出前サービス「美団外売」

最近、中国で町を歩いているとよく目にするようになったのは「美団外売」と書かれたバイクに乗った配達員である。

「美団外売」はレストランや食堂から家や会社まで料理を届けてくれる出前専門の配送会社で、ここ数年で急速にサービス網を普及させた。

日本で出前と言えばピザ屋やラーメン屋の出前を想像するが、これだと各店舗ごとに配達員を雇う必要があり人件費がかさむのがネックだった。

そこで中国では出前配達サービスを専門とする会社を設立し、登録したレストランや食堂が注文の10%前後の配達料を支払うことで出前をアウトソージングしたのである。

料理を注文する客は、スマホに数キロ圏内の登録された外食店が自動的に表示され、スマホからメニューが選べるようになっており、配達料も店によるが無料から6元(日本円で100円)前後で自宅や会社に出前を注文できる。

この出前サービスにより、外食業は出前配達員を自前で雇う人件費を抑えて売り上げを向上させることができた。また客は手軽に各種の料理を選べるようになり、移動の時間を節約できる。さらに配達業界は新たなビジネスによって雇用と売り上げを伸ばすという好循環が生じている。

中国ではこうした新たなビジネス形態が試みられて、アイデアが良ければ巨額の資本金を集めて、爆発的に普及して成功するという現象が生じている。

野崎晃市(42)

中国が大連などに自由貿易区を設置

大連
大連の自由貿易区

大連の知人より連絡が入り、大連に自由貿易区の設立が決まったので、日中貿易をやるなら大連に会社を設立するようにと熱心に勧められた。

これまで中国の自由貿易区は2013年に上海に設けられて以来、2014年には広東・福建・天津に設置された。さらに、2017年4月より遼寧・陝西・四川・浙江・河南・湖北・重慶の七カ所に新たに設置が決まった。

遼寧省の自由貿易区は瀋陽・大連・営口などに設置され、合計120平方キロの土地が自由貿易区として整備される。

特に大連の自由貿易区は良港に恵まれ日本や韓国との海上貿易に有利な位置にあり、環日本海経済圏の貿易拡大が期待されている。

古代史にも造詣が深い大連の知人は、古代の海の民が往来していた日本海の航路が自由貿易区により復活すると、日中韓貿易の拡大に期待しているようだった。


野崎晃市(42)

新疆で新たに楼蘭の遺跡が発見される

楼蘭の美女
「楼蘭の美女」のミイラ

約2000年前にシルクロードの交易都市として栄えた楼蘭城の遺跡が、新疆ウイグル自治区で考古学発掘隊により新たに発見された。

楼蘭城はタクラマカン砂漠の北東部のロプノール湖付近に位置するとされ、4世紀ころまでシルクロードの交易都市として栄えたが、やがて沙漠に埋まり所在が不明となっていた。

1900年に探検家ヘディンやオーレル・スタインによって楼蘭で都市の遺跡が発見されたが、その遺跡は3世紀ころに遷都した後に再建された都市で、今回発見された楼蘭遺跡のほうが年代的に古い都市だという。

近くの遺跡では「楼蘭の美女」と呼ばれるヨーロッパ系白人女性のミイラが見つかっており、古代の東西の交易拠点として人や物資の往来が盛んであったことを偲ばせる。


野崎晃市(42)

中国でタクシーを呼ぶなら「滴滴」

滴滴ハイヤー
中国のタクシー配車システム「滴滴」

中国で旅行をする時には、スマホのGPS機能を利用してどこでもタクシーやハイヤーを簡単に呼べる「滴滴」という配車システムのアプリが便利だ。

この「滴滴」はアメリカのスマホを利用した配車サービスUberに似たシステムで、スマホのアプリで自動的に近い場所にいるタクシーが手配される。

この「滴滴」のシステムでは正規のタクシー会社だけでなく、誰でもドライバーとして登録すれば乗客を運ぶことができる。

ボッタクリが心配になるが、距離により適正価格が自動的にネット上で清算されるため、運転手に運賃を不当に高く取られる心配はない。

また駅や飛行場からは「携程(Ctrip中国版)」の送迎車手配機能を使用すれば、タクシーより高級なハイヤーや多人数用のバスなどを簡単に手配することができて便利だ。

車中ではミネラル・ウォーターをサービスしてくれたり、ドライバーが正装をしていたりと細かいサービスも良好だ。

今回は老夫婦を案内して中国の各地を回ったが、駅や飛行場の送迎などにこうしたスマホの送迎車手配機能を使用した。

値段もタクシーより安く高級車を利用することができ、客の案内や送迎にとても便利なサービスだ。


野崎晃市(42)

山東省臨淄の古代戦車博物館

古代戦車博物館
発掘された戦国時代の戦車


青州から一時間ほど車で走った郊外に、古代の戦国時代に斉国の首都として栄えた臨淄の町がある。古代の臨淄は有名な政治家を輩出し、太公望・晏子・管仲などの賢人たちが活躍した。

古代の臨淄の町は道を行き交う馬車や人が溢れ、馬車が渋滞し人が歩けば肩を擦れ合うほどのにぎやかな街であった。そのため臨淄周辺の遺跡からは多くの出土品が発掘され、古代の戦車や馬車も多数発掘されている。

臨淄の古代戦車博物館では、墓から発掘された戦車や馬車が収蔵され研究されている。古代の戦車や馬車は木製なので化石のように石化しているのだが、細かい部分まで形を残した状態で発掘されることがある。

私がこの古代戦車博物館に興味を抱いたのは『老子』の一説に、古代の戦車の車輪のスポークが三十本だったという記述があるためだ。実は古代の戦国時代の戦車の車輪のスポークは時代や地方により数が違うため、この記述は『老子』の書かれた時代と地方を特定する手がかりになるのだ。

中国の戦国時代に戦車の車輪のスポークの数は当初の十数本から徐々に時代が下るにつれ増えてゆき、戦国末期から秦の始皇帝の時代の遺跡にようやく三十本に達する。

そして実際に墓から発掘された車輪を調べると、始皇帝の兵馬俑で発掘されたものと、斉国の田斉の墓からのみスポーク三十本の車輪が発掘されているのだ。

『老子』のテキストが執筆され編集されたのは明らかに始皇帝より古い時代で戦国時代の中期にまでさかのぼるから、そこから『老子』のテキストは斉国の臨淄で田斉の時代に稷下学派により編集された可能性が高いと推測できるのである。

野崎晃市(42)

山東省淄博の周村古商城

岩田洋行
岩田洋行の跡地

今日は日本から来た老夫婦を伴って、山東省青州の隣町である淄博の周村古商城を歩いた。ここは青州の古城と同じような数百年前の古い町並みが残る観光地で、たびたび中国の時代劇や映画のロケ地となっている。

周村古商城は春秋戦国時代の管仲の時代から続く商店街で、“天下第一村”と呼ばれ現在も多くの観光客でにぎわっている。清朝末期には外国人の居住と商売が特別に許された地区だったので、三井や鈴木洋行など日本人の経営する商店も数軒あった。

上の写真は岩田洋行があった場所で、ここは日本人の岩田太郎氏が1926年に創業し日用品や服などを販売していたという。またイギリス系のタバコ屋の隣には、日本人の山石欽一氏が1938年に創業したマッチ販売会社の瑞和洋行もあった。

今は交通手段やネットの発達のおかげで、中国での生活は戦前とは比べものにならないほど便利になっている。戦前から日本人が中国の各地に移住して商売をしていたことを知って、老夫婦は中国に移住してビジネスをやっていく自信が湧いてきたと話していた。


野崎晃市(42)

康有為は日本人に暗殺された?

康有為
清朝末期の改革派政治家:康有為

昨日は清末の改革派の政治家である青島の康有為の旧宅を訪れた記事を書いた(記 事)。その康有為の旧宅にある記念館のガイドによれば、康有為の最後は不審死であったため日本人による暗殺説があるという。

康有為は七十歳の誕生日を迎えて同郷の人たちが集まるパーティに参加したが、その際にオレンジジュースを飲んだ後不調を訴え数日後に亡くなった。死亡時には耳や鼻からの出血があり、毒を盛られたのではないかと噂された。

康有為はラストエンペラーの溥儀が日本政府に利用されることに反対で、日本政府が溥儀に接触することを嫌っていた。それが原因で日本人により毒殺されたとの説を、康有為の弟子の一人が主張しているという。

康有為の死に関しては他に西太后の遺言により暗殺されたという説や、蒋介石の刺客によって暗殺されたという説などもあり真相は闇の中である。

野崎晃市(42)

青島の康有為旧居記念館

康有為旧宅
青島で康有為が晩年を過ごした旧宅

今日は中国移住を希望する老夫婦が山東省を訪ねて来たので、青州から2時間かけて青島空港まで迎えに行った。老夫婦は青島を観光したいと希望したので、私が青島の名所を案内しながら中国移住について説明した。

今日は天気も良く、老夫婦と共に青島の名所である青島ビール博物館・旧ドイツ人居住区の八大関・青島水族館などを訪れた。青島水族館のすぐ近くには清末の立憲改革派として名高い康有為の旧居があり、我々はそこにも立ち寄った。

康有為は清朝末期に日本の明治維新を手本とした立憲君主制と議会制度の導入を唱えて、清朝の光緒帝の支持を受け中国の政治体制の改革に乗り出した有名な政治家だ。

しかし、康有為らの唱える改革の最大の障害となったのが、光緒帝の叔母にあたる西太后であった。光緒帝は西太后から実権を奪うために宮廷クーデターを起こそうとしたが、その動きを袁世凱に密告され逆に西太后と保守派に改革の動きをつぶされてしまう。

康有為ら改革派もクーデター計画の黒幕として追われる身となり、日本を経てアメリカへ亡命した。しかし晩年に康有為は日本の統治下であった青島に戻り、上の写真の海が見える別荘風の洋館で死までを過ごした。

老夫婦は青島の海岸沿いの風景がとても気に入り、康有為のように老後の余生は「ホ」を心配することなく海鮮料理が食べられる青島で過ごしたいと希望していた。

野崎晃市(42)

中国人が欲しがる日本製品

日本製品の個人輸入
日本製品の個人輸入商

中国人の知り合いから、かくかくしかじかの日本製品を買ってきてほしいと頼まれることがよくある。

中国では海外製品の代理購入や個人輸入を略して「代購」と呼び、それを商売にしている人もいる。

ところが中国では海外製品の偽物が横行しているため、日本製品の購入は日本人の知り合いに頼むのが最も安心なのだという。

そこで最近、私が中国人から購入を依頼された品物を幾つか紹介しよう。

中国人が好む日本製品のトレンドをつかめば、ビッグなビジネスチャンスにつながるかもしれない。

1、ステンレス魔法瓶
ステンレス魔法瓶は日本製や日本メーカーの製品が圧倒的なシェアを誇っており信頼性も高い。中国では中が真空ガラスの大型魔法瓶はポット代わりに以前より使用され、スーパーなどでもよく販売されている。しかし、水の漏れないステンレス魔法瓶の製造は中国メーカーにとって品質管理がなかなか難しいようだ。

2、紙おむつ
紙おむつも中国産のものより日本メーカー製品が圧倒的なシェアを占めている。以前は個人輸入で大儲けした人もいたが、最近では大手の流通会社が大量に輸入しスーパーでも日本製紙おむつが手に入るようになった。

3、目薬
中国の薬局では眼科医で出すような白内障などの目薬はあっても、目の疲れを癒すというタイプの目薬があまりない。そのためパソコン画面やスマホの見過ぎで目が疲れた場合は、日本製の目薬が重宝されている。

4、美顔マッサージ器
日本製の高価な美顔マッサージ器が中国で大ヒットしている。日本ではさほど有名なメーカーの製品ではないのだが、口コミで中国人のマダムたちの間に広まったという。

日本では当然のように販売されている商品が、中国ではまだ類似商品の開発や生産がなされていないケースも多い。

つまり日本メーカーが中国市場で大ヒットを飛ばすチャンスはまだまだあるということだ。

飯山事務所では中国市場でのマーケティング調査や商品開発コンサルティングも受け付けている。


野崎晃市(42)

重慶大爆撃

重慶大爆撃
重慶大爆撃の被害状況


重慶大爆撃の被害者が日本政府を相手に賠償を求める裁判の第二審が、17日に東京高等裁判所で開かれた。

今回の第二審でも一審と同じく原告の訴えは棄却される模様だ。

日本人は東京大空襲は知っていても、戦時中に中国の首都であった重慶を日本軍が何度も空襲していたことはあまり知らない。

日本軍は1938年から1943年までの間に218回も重慶を空襲し、出動した爆撃機は延べ9000機、投下した爆弾の数は11500発にも上るという。

重慶市民は防空壕を掘って対応したが、それでも長期にわたる頻繁な爆撃で2万人以上が空襲で死んだと推計されている。

防空壕にあまりに多くの人が殺到したため、防空壕の中が酸欠になり呼吸困難で死ぬというケースも多かった。

中国人原告団は再び控訴する予定のようだが、賠償請求を求める裁判は難航が予想される。

ただ、この裁判は日本人に重慶大爆撃という事件の存在を知らせるという面では一定の意義があるだろう。

ちなみに、日本政府は東京大空襲で自国民を虐殺した米空軍責任者のカーチス・ルメイに勲一等旭日章を授与している。

野崎晃市(42)
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